夏休み前、罵倒されたのが最後。あれから一度も、想わなかった日はない。
布団に手を入れ、そっと握る。細くて小さな、美鶴の掌。
月明かりなどなくとも、目が慣れればはっきり見える。顔にかかる髪の毛も、瞳を隠した長い睫毛も、白い頬も。
やっと逢えた。
胸がカッと熱くなる。
抱きしめて、キスをして、このまま自分のモノにしてしまいたい。
ぼんやりと浮かび上がる、ふっくらと柔らかい唇。
柔らかいと、知っている。校庭で重ねた暖かさが、ジンと痺れて熱く沁みる。
今なら誰も見ていない。だが―――
くーまちゃんっ!
「っ!」
思わず目を瞑る。
別に、行動に移す勇気がないというワケじゃないっ!
こんな時に寝込みを奪うなんて、不謹慎じゃないか。卑怯だろっ!
そう言い聞かせる脳裏に、携帯がチラつく。
結局、詳しい事は聞けなかった。
「大丈夫です。あなた達の恋路を邪魔するような存在ではありませんよ」
春の陽射しのような微笑で、霞流慎二は瑠駆真へ告げた。
だが今となっては、まったく信用できない言葉。
なぜ美鶴と彼が、携帯を? 聡が口走った、京都という言葉も気になる。
「この辺りには、少し知り合いもおりましてね」
繁華街に知り合いって? 情報を提供してくれた男性は、いかにも水商売って感じだった。
目の前で、美鶴が無防備に眠っている。
夏休みに、何があった? ひょっとして僕だけ遅れてる?
そう思うと、焦りが全身を包み込む。
負けたくない。誰にも誰にも、渡したくない。
「俺だけの里奈」
うわ言のような澤村優輝の言葉。
――――― 違うっ!
何が?
脳裏で、別の自分が笑う。
何が違う?
違うんだっ!
必死に怒鳴り返す。
僕と彼とは、違うんだっ! 僕は、美鶴を人形のように扱っているんじゃないっ!
そうだ。
握る掌に力を込める。
僕が必要としているのは、美鶴なんだ。僕は美鶴が好きで、必要で、従わせたいワケじゃない。
ただ人形にように、傍に置いておきたいワケじゃない。こうやって……
掌の温もり。
あったかい。
僕には、必要なんだ。
そうだ。だから誰にも渡してはならない。
自分は本当に、本当に美鶴の事が好きなんだから。
時計の針が、静かに動く。
二百十日の終わりを、告げる。
------------ 第7章 雲隠れ (後編) [ 完 ] ------------
|